日本とトルコと親日国家

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小泉首相トルコ訪問 現地メディア 破格の扱いに

小泉純一郎首相がトルコを訪問し、両国関係の強化を打ち出したことについて、トルコのメディアは十日から十一日にかけて一斉にトップ級で報じた。
 小泉、エルドアン両首相の会談を受けた十一日の主要新聞は「お祭り騒ぎ」(ホテル従業員)といったところだ。「中東における連帯」(テュルキイ紙)、「中東和平のためのトルコ・日本の協力関係」(イェニ・シャファック紙)、「トルコ・日本間の協力関係」(ラディカル紙)、「鳥インフルエンザへの共同対策」(ヴァタン紙)−などの見出しで大々的かつ肯定的に伝えた。
 一方、テレビも十日の両首脳の共同記者会見を四局が生中継し、ニュース専門局「NTV」などは約五十分に及んだ会見を、時間を延長して最初から最後まで完全放送した。
 外交筋は「他の主要国首脳の訪問の際には見られない破格の扱い」と驚きを隠せない様子だ。

久しぶりに外交関係で良い話題ですね。
話題にのぼることが少ないトルコですが、親日国家として有名ですね。
トルコが親日国家になったきっかけは「エルトゥールル号事件」だと言われています。
それ以前にも明治維新以降、西洋列強と戦いながら近代化を成し遂げた部分で共感していたとも言われてますね。
首相、邦人救出のトルコ人元機長に謝意 「日本人は感動した」

トルコ訪問中の小泉純一郎首相は十二日午前(日本時間同日午後)、イスタンブール市内のホテルで、イラン・イラク戦争の最中の一九八五年三月に、テヘランに取り残された日本人二百十六人を救出したトルコ航空機のオズデミル元機長(75)と会い、感謝の意向を伝えた。面談は小泉首相の強い要望で実現した。小泉首相は「砲弾が飛び交う中、邦人を救出していただき、日本人はみな感動した。あなたがこの任務を引き受けなかったら、救出できなかった」と頭を下げた。元機長は「邦人救出は私の任務だった。自分はその後、日本への直行便の機長を務めた」と応じた。

トルコでは昨年、NHKの「プロジェクトX」で二年前に放送された日本人救出劇を描いた番組が、トルコ語で流された。その際には「多くの日本国民から、在アンカラ日本大使館などを通じて感激のメッセージが届けられた」(外務省筋)という。当時のトルコ側の対日支援は明治時代から続く両国の友好を象徴しているが、実は日本への「恩返し」の意味もあった。

オスマン・トルコ帝国のアブドル・ハミト二世は一八九〇(明治二十三)年、明治天皇への特派使節としてオスマン提督を日本に派遣した。しかし、使節団六百五十人を乗せたトルコ軍艦「エルトゥールル号」は、帰路に暴風に見舞われ、紀州・串本沖(和歌山県)で沈没してしまう。このとき日本側の手厚い救護で六十九人が救出され、日本の巡洋艦でトルコに送還されたのだった。この友好を象徴する出来事はトルコの小学校の歴史教科書にも書かれており、「トルコ国民は日本への恩を忘れない」(トルコ政府関係者)という。

「エルトゥールル号事件」以外では、イラン・イラク戦争時に欧米の航空会社が自国民救出を優先したために日本人がテヘランに多く残されましたが、救出するためにトルコ政府がトルコ航空を派遣し、日本人を救出したという美談が有名ですね。
「親切を親切で返してくれる」という国と国との関係。
なかなか難しいですが、あるべき姿ではないでしょうか?
あるブログでは、

普段度を越した反日国家に囲まれている為に気付きにくいですが、トルコに限らず、親日国家とは実は意外に多いものです。しかし、我々日本はその気持ちを知り、十分に応えているでしょうか。

という書き込みがありました。
十分に応えてませんね。残念ながら。
トルコの現状は、あまり良いとはいえません。特に外交的に。(移民、EU問題など)
その意味で日本と協力していくことに意義を見出しているのでしょう。
小泉内閣メールマガジン 2006/01/12
にも出ています。
日本とトルコについてのFLASH
まあ、たまには美談に酔ってみるのも悪くはありません。
すがすがしい気持ちになれるでしょう。(変な偏見をもって見なければ。)

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