★★★★☆[映画] バッファロー ’66 と 下流社会 (レビュー・感想・解説・ネタバレ)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

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レビュー・感想・解説・ネタバレ

完全ネタばれなので、映画未視聴の方は、決して読まないように。

ヴィンセント・ギャロ作品。監督、脚本、音楽、主演のすべてがギャロ。いわゆる単館映画であり、都内ではシネクイントにて1999/07〜2000/03まで公開されていた。

今月号のダ・ヴィンチの「大人の恋」特集に少しだけでていたのが頭の片隅に残っており、レンタルビデオ店にてふと思い出し、借りる。
スーパーボールでの賭けに破れ、借金支払いの代わりにある人物の罪をかぶることに。それによって約5年刑務所へ入ることになる。刑務所から出所したシーンから物語は始まる・・・

アメフト狂いの母親、ふとしたことで切れる元ナイトクラブシンガーの父親、マザコンの親友、そして主人公が刑務所へ入るきっかけとなった元フットボール選手・・・そして、嘘をとりつくろうために拉致した少女。

主人公ビリーは孤独で繊細、そしてわがままで強がり。それゆえに不器用。ビリーは現代の日本の下流な若者のプロトタイプに思える。独特なカット割りや斬新な感覚という意味で特徴のある映画だと思う。

しかしながら、それだけで若者に支持されたのだろうか?何か若者の琴線に触れるストーリーや意味がこの中に含まれていたのではないだろうか?ギャロがどういう意味を込めたのか?正直よくわからない。だが、ギャロは下流社会を生きる若者のロールモデルを作ろうとしたのではないだろうか?

下流社会に生きるもののまわり(親類、知人、友人)には、上流へと引き上げてくれる可能性があるものは少ない。そして、今まで積み上げてきたものなどなく、希望格差社会と言われるように希望や願望、貪欲さも少ない。

拉致された少女レイラをビリーはいくつかの選択肢の中から選んだのではない。自分の嘘を補完するために、そのとき近くにいたレイラを選んだ。拉致した後になって屈折した自分に寄り添ってくれる優しさを感じる。レイラがどういう人生を送っており、どこに住み、どういう仕事をしているのか描かれていない。つまりどういう人生を送っていようが、どこに住んでいようが、どういう仕事をしていようが関係ないということである。

つまり、ギャロは、自分と寄り添ってくれる人と幸せを見つけるように!といっているように感じた。レイラと対象的に、ビリーが幼き頃より思いを寄せていた女性も登場する。ビリーが一目ぼれし、長年追い続けた女性である。
その女性ではなく、レイラと幸せを見つけたビリー。心温まるラストのような人生を送りたいなら、「自分と寄り添ってくれる人と幸せを見つけるように!」

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