江戸の組織人 – 山本 博文 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

書評・レビュー・感想

本書は江戸時代の武士を、幕府という組織の中の組織人という視点から詳細に調べたものである。今まで不思議に思っていたことなどが丁寧に調べられ、わかりやすく書かれているので非常にすばらしく歴史好きな人にとってはかなりの良本であると言える。
知行一石と蔵米一俵はほぼ同じ収入であるらしい。
両方とも収入はおよそ三斗五升(35升、350合)である。

知行一石は、一石の米が収穫できる領地のことだから、四公六民とすれば、四斗の米が収入となる。一方、蔵米の一俵は三斗五升入りであるから、知行一石と蔵米一俵では知行一石の方が多いが、知行はあくまで年貢を実際に取らなければ収入とならない。つまり、不作の時には年貢を減免したり、知行の場所によって収穫量も異なるなど、ならせば知行一石の収入は四斗以下になった。そのため、知行一石と蔵米一俵がほぼ同じ年収であるとの通年があった。違うのは、知行を持つ武士が本来の武士で、蔵米を支給される武士は格下である、ということである。

米の値段は変動するが、だいたいが100俵で40両というが相場である。1両は20万円換算くらいであるので、知行100石または蔵米100俵ならば、年収は800万円程度であった。
また30俵2人扶持といった具合に扶持がつくケースもある。1人扶持は1日玄米5合(年間約1.8石)の計算であるので、2人扶持だと年間3.6石(28.8万円)の扶持ということになる。
江戸時代には、旗本が5,000人、御家人が14,000人いたと言われている。旗本にも身分差があり、それは「家筋」といわれた。最も格上が「両番家筋」で、次が「大番家筋」、「五番方」などがあったが、役職につかない旗本とは「小普請」と言われた。
武士の家禄は家につく給料であったため、役職につかなくても支給されていた。ただし、役職につかない(小普請)の場合、小普請金という上納金が必要であった。ただしそれほど大きな負担ではなかったようである。
町奉行所や火付盗賊改、勘定所、評定所、遠国奉行、老中、奥右筆、小姓、目付、御庭番などといった役職とそれにまつわる組織についていくつかの具体例をあげながら書かれていて、とてもしっかりまとまってわかりやすかった。
また本書の著者である山本博文氏の著作を読んでみたいと思った。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です