江戸の備忘録 – 磯田 道史 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

江戸の備忘録
磯田 道史
朝日新聞出版

万巻の書物をひもとき、織田信長・上杉鷹山・山岡鉄舟・坂本竜馬など、この国を創ってきた人々の素顔に迫り、忘れてはならない「この国のなりたち」を見つめる本である。

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書評・レビュー・感想

本書は、武士の家計簿殿様の通信簿などのベストセラーを出している磯田道史氏の本である。
本書は、歴史上の人物の豆知識をちょこちょこ載せている軽めの本であるが、その中でも「八百長」の語源について書かれている箇所は、その語源を知らなかったこともあり、楽しく読めたので少しだけ引用したい。

八百長の語源は7代目伊勢ノ海親方に由来する。伊勢ノ海は囲碁に目がなかった。それにつけこんだのが、天秤棒で野菜を売りにくる男、八百長こと八百屋の根本長造である。「囲碁の心得も少しはある」などと言い、囲碁友達として伊勢ノ海に取り入り、さんざん商売をした。力士は大食いだから、そこへ八百屋が取り入れば、当然、野菜は大量に売れる。大いにもうけた。そればかりか、八百長は、伊勢ノ海の世話で相撲茶屋・島屋の株を買いうけ、これまた大繁盛した。そんなふうにして八百長は左団扇の暮らしを手に入れた。その後、伊勢ノ海はとうとう碁好きが高じて、家の向かいに碁会所を開いた。そこにある日、囲碁の名手・本因坊がやってきた。いつの間にか八百長と対戦している。伊勢ノ海は八百長のうしろから、その対戦を見始めたが、八百長は日ごろ伊勢ノ海と対戦するときと違い、へぼな碁を打っていない。見事な碁を打っている。八百長は接待のため、自分にわざと下手な碁を打っていたのだ。それに気づいて、伊勢ノ海は怒った。「あの嘘打ち野郎め」と、この一件を仲間中に吹聴したから、大評判。以来、相撲界では、親方衆への接待わいろのことを「八百長」という様になったという。

じっくり腰を落ち着かせなくても、さらっとよめるので、時間つぶしの時などにオススメ。

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