希望担任制と学びについて

【この記事の所要時間 : 約 2 分

先日、以下のような記事がasahi.comに出ていた。

私の担任、私が選ぶ 高知の県立高で「希望担任制」

これを見て、正直、やっぱりここに行き着いたかあ〜と思った。
そして、この行方に興味を覚えた。
内田樹氏著の「先生はえらい」にもあるが、
「先生というのが本質的に機能的な存在であり、先生を教育的に機能させるのは学ぶ側の主体性である」ということが学びということにおいてポイントだと思う。
この「希望担任制」はいい方向にでる可能性もあるが、危うさもある。
この制度によって生徒が先生をうまく誤解し、学びを起動させることができれば、OKだが、学びではなく先生の選択という部分にだけ主体性を発揮した場合は、残念ながら失敗ということになるだろう。
そのあたりをこの学校がオペレーションの中でうまく生徒を誘導していければ、意外とモデルケースになりえるかもしれない。
もちろん、失敗する可能性はかなり高いと思うけど。

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内田 樹
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