銃・病原菌・鉄 – ジャレド ダイアモンド (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 4 分

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

書評・レビュー・感想

なぜ人間は五つの大陸で異なる発展をとげたのか?という大いなる疑問に答えたピュリッツァー賞作品である。本書は、あるニューギニア人が生物学者である著者へしたひとつの質問が起点となっている。その質問とは、「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」というものである。この質問から壮大な旅が始まる。

16世紀にピサロ率いる168人のスペイン部隊が4万人に守られるインカ皇帝を戦闘の末に捕虜にできたのは、これらのためであった事実は知られている。なぜ、アメリカ先住民は銃という武器を発明できなかったのか?彼らが劣っていたからか?ならば、2つの人種の故郷が反対であったなら、アメリカ大陸からユーラシア大陸への侵攻というかたちになったのだろうか?
否、と著者は言う。
そして、その理由を98年度ピューリッツァー賞に輝いた本書で、最後の氷河期が終わった1万3000年前からの人類史をひもときながら説明する。はるか昔、同じような条件でスタートしたはずの人間が、今では一部の人種が圧倒的優位を誇っているのはなぜか。
著者の答えは、地形や動植物相を含めた「環境」だ。
たとえば、密林で狩猟・採集生活をしている人々は、そこで生きるための豊かな知恵をもっている。だが、これは外の世界では通用しない。他文明を征服できるような技術が発達する条件は定住生活にあるのだ。植物栽培や家畜の飼育で人口は増加し、余剰生産物が生まれる。その結果、役人や軍人、技術者といった専門職が発生し、情報を伝達するための文字も発達していく。つまり、ユーラシア大陸は栽培可能な植物、家畜化できる動物にもともと恵まれ、さらに、地形的にも、他文明の技術を取り入れて利用できる交易路も確保されていたというわけだ。また、家畜と接することで動物がもたらす伝染病に対する免疫力も発達していた。南北アメリカ、オーストラリア、アフリカと決定的に違っていたのは、まさにこれらの要因だった。本書のタイトルは、ヨーロッパ人が他民族と接触したときに「武器」になったものを表している。

本書は読みながら感心しきりであったが、得るものがさまざまあった。
まず「人口密度のちがいがもたらしたもの」であるが、人口密度と人口規模は、技術、経済、社会、政治といった面で大きな影響を与えていた。人口密度が高い場所ではより分業化が進み、社会、技術面で複雑で専門家した集団を形成し、中央集権化が進んでいる。中央集権化が進むことによってより多くの労働者を徴収することができ、それによって灌漑や養殖池といった経済的発展のインフラや技術面での高度化が成し遂げられていた。逆にいえば人口密度が低い場所ではそういったことが起こらずに経済面での変化が起こらず狩猟生活もしくはそれに近い状態がずっと続いていた。
次に「病原菌」であるが、これがそこまで影響力があるとは考えていなかっただけに驚いた。なぜ「病原菌」に白人のみが免疫があったかであるが、これは家畜化可能な哺乳類が世界中に一様に分布していたのではなく、偏って分布していたからである。その結果、ユーラシア大陸の人たちが銃器や鉄の技術を発達させ、疫病への免疫を発達させたことにつながっている。
また「家畜」に関しても考えてみれば当然であるが知らなかったことがあった。それは家畜化されなかった動物がいるがそれはなぜか?についてである。まずなぜ肉食哺乳類が家畜化されないかであるが、これは餌の問題である。動物は餌として食べる動植物の10%を血とし、肉とするわけであるが、100キロの牛を育てるには1000キロのとうもろこしが必要であり、同じ100キロの肉食動物を育てるためには1000キロの肉が必要であり、その1000キロの肉を育てるためには10000キロのとうもろこしが必要である。つまり肉食動物は餌の経済的効率の問題で家畜化に向いていない。その他、成長速度の問題や繁殖上の問題、気性の問題などがある。
人類の歴史をさかのぼり、現在の状況になった原因を突き詰めていく本書はとてもエキサイティングで面白い本だと思う。こういった人類全般にわたる人類史ともいうべきものを別の視点から読んでみたいとも思った。お勧めの1冊である。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です