武将列伝 源平篇 – 海音寺 潮五郎 (書評・レビュー・感想)

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書評・レビュー・感想

海音寺潮五郎氏の武将列伝シリーズ。今回が5つ目。
1.悪源太義平
2.平清盛
3.源頼朝
4.木曾義仲
5.源義経
6.楠木正成
源平が争った平安時代後期は、戦国時代のように映画、ドラマ、小説にマンガといった題材になることが少ないので意外と知らないことが多く、本書を読んで知ったこともかなり多かった。また、本書で不明な点を自分で調べてみるといったことも今回は多く、それがまた勉強になった。
悪源太義平は、八幡太郎義家のひ孫の子であり、源頼朝の兄である。
義家(八幡太郎)-義親-為義-義朝-義平
武田家の伝わる楯無という鎧が源義朝が平治の乱に敗れて落ち延びる際にぬぎすてたものであるというウワサがあるが、かなりあやしいと思う。

この時脱ぎ捨てた鎧は、義朝のが楯無(たてなし)、義平のが八竜(はちりょう)、朝長のが沢瀉(おもだか)、頼朝のが源太ガ産衣(げんたがうぶぎ)、みな源氏で累代宝として伝えた鎧である。

悪源太義平と源頼朝の章を読むとよくこの平治の乱の敗戦から頼朝は源氏を立て直したなあと思う。またここで、源氏にはさまざまな諸派があり、清和源氏が有名だが、その他にもたくさんあったことを知る。頼朝は源氏の長者になるべくしてなったように今まで思っていたがそんなことはなく、かなり親戚との戦いや運などの要素があったことがわかる。今までは八幡太郎義家の直系だからという安易な解釈であったが、そんなことはなく源頼政が平氏討伐まで生きていれば従三位だったこともあり、源氏の長者に頼朝がなれなかったこともはじめて知った。
平清盛の章はまずまずだが、木曾義仲の章はかなり面白かった。木曾義仲が結構カンタンに京にのぼった印象があったが、そこにいたるまでのストーリーがかなりたくさんあり知らないことだらけで非常にわくわく読めた。
平安末期の時代物もなかなかいいなあ。

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