列藩騒動録 (上) – 海音寺 潮五郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 4 分

新装版 列藩騒動録(上) (講談社文庫)
海音寺 潮五郎
講談社

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

書評・レビュー・感想

本書「列藩騒動録」は、いわゆる「お家騒動」についての短編である。上巻では以下の7つの家の騒動を取り上げている。江戸時代の初期から大名の家にはさまざまなお家騒動が発生した。個性豊かな人物達が繰り広げる史伝である。
1.島津騒動
2.伊達騒動
3.黒田騒動
4.加賀騒動
5.秋田騒動
6.越前騒動
7.越後騒動
お家騒動には、家老というのが大きく関与する場合が多い、しかし、家老にも種類がある。家柄家老と仕置家老である。それぞれの成り立ちと役割の違いを理解しておかないとお家騒動の全体像を理解しにくいかもしれないが、本書ではしっかりとその違いを説明してくれている。

大名の家には家柄家老のあるのを、今日的常識で悪くばかり解釈してはならない。大名の家にはそういうものが必要な面もあったのである。家柄家老は、漢語では「社稷の臣」というのが一番あたる。当代の主君につかえるのではなく、その家につかえるのだ。お家が安泰なように、お家の名誉をおとさないようにとたえず気を配り、心をくだくのである。家柄家老とはこんなものであったから、それは一族の子孫か、しからずは創業の功臣の末であった。また殿様にとっては、相当煙たい存在であった。諸家における家老はなかなか重いもので、殿様でも家老の出仕を迎えるには敷物をおりたものであるなどというが、それは家柄家老のことなのである。家柄家老はこんなものであったから、殿様としては使いにくい、親しみももてない。あるいはまた手腕のないものもいる。いずれであっても、殿様としては別に家老をこしらえる必要がある。それは単に気安く使う者がほしいための場合もあり、利口で切れる人物がほしいための場合もありだが、いずれにしても、こうして出来た家老が日常の藩政の局にあたる。これを仕置家老という。

また、お家騒動にはそれぞれの家の身分制度というのが大きく関係している。それぞれの家で似ているようではあっても多少の違いや役割の違いなどがある。加賀の前田藩では以下のようになっていた。

加賀藩の身分制度は、八家、人持組、知行取りと3つに分かれる。八家は、他藩の門閥家老に相当する。万石以上の大身で、本多、横山、長、村井、前田が二軒、奥村が二軒、全部で八軒、皆一門や創業の元勲の子孫で、最高の政務機関としてその合議によって重大事件が決定される。
この下に家老がいる。他藩の仕置家老だ。これになりえる家は人持組とて約七十家あって、身代は千石以上万石以下。それぞれ八家に分属して、八家を組頭と仰いでいる。家老のほかに奉行にもなる家柄である。人持組の下が、一般知行取りの士分で、大小将、馬廻、定番馬廻、組外等の組々に分属して、この中から定番頭、大小将頭等に選任される。また寺社奉行、公事場奉行、勘定奉行等に選任されるものもある。

また、佐竹家の家中の階級と役職の制度はこうであった。

一門に壱岐守家と式部少輔家との二支藩と東、西、南、北の四家がある。これらは藩侯の一門であるが、すでに支藩となっている二家をのぞいて、四家は外に対する場合は臣列の立場に立つ。この四家と家臣中のあるものとを家中の最高門閥として引渡衆と名づける。全部で二十家あった。この引渡衆の中でとくに所預と呼ばれている家がある。一門衆のほかに、横手の戸村氏、院内の大山氏、檜山の多賀谷氏、十二所の茂木氏などがある。次を廻座衆という。すべてで六十家あった。以上の二階級をとくに大身といって、家老、御相手番、寺社奉行、大番頭、記録方頭取、儀式奉行などの職は、この二階級からしかつくことは出来ない。この下を平士という。平士を上士と駄輩の二つに分ける。上士は百五十石以上、駄輩は七十石以上。この下を不肖という。三十石以上。三十石以下は徒士。

こういった家老や大身の上士を中心に、その下の武士を巻き込んでお家騒動が発生する。これには江戸幕府ものちのち関ってきて、最終的には改易、お家取り潰しとなるケースも多い。そうでないケースもあるが、そうでない場合はそうでない場合でまたそこに物語がある。
非常に読み応えのある一冊。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください