武将列伝 戦国揺籃篇 – 海音寺 潮五郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

武将列伝 戦国揺籃篇 新装版 (文春文庫 か 2-54)
海音寺 潮五郎
文藝春秋

1.足利尊氏
2.楠木正儀
3.北条早雲
4.斉藤道三
5.毛利元就
6.武田信玄
7.織田信長
8.豊臣秀吉

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書評・レビュー・感想

かなりトップレベルに有名な武将たちの短編が凝縮されたのが本書である。楠木正儀の章では、出身地である岸和田の地名の由来も出ていて参考になった。

河内の和田氏が楠木氏の一族であることは間違いないが、どこから分かれた、確説を得ない。楠木氏の一族で泉州和田にいた者が和田と名乗りはじめたのであるが、この時代の豪族のならわしで、和田氏に人が絶えれば本家の楠木氏から入って継ぐから、相当複雑な血縁関係になっていたようである。岸和田などという地名は海岸地帯にいる和田という意味で、元来は氏族名のようであったかと思う。

へー和田氏が楠木氏の一族だとは知らなかった。たしかに同級生には和田姓がたくさんいる。1人2人ではなく、同学年でたぶん10人くらいはいたかと思う。それくらいメジャーな名前だったので、あのあたりいったいはもとはそういう土地なのだなあ~と改めて知った。
また北条早雲の章では、堀越公方と古河公方という公方が2人もいて、なぜ将軍でもないのに公方と名乗り、またその管領職が扇谷上杉と山内上杉というこれまた2つに別れたのかが詳細に書かれている。日本史を勉強した当時、このあたりがよくわからなかったが、さすがは海音寺潮五郎。数ページでわかりやすく書かれている。

足利将軍は天下の統一者としては不十分な統一者であったため、幕府は僻遠の地方には総督をおいた。尊氏は九州には今川了俊を探題としておき、関東には尊氏の第三子の基氏を管領としておいた。九州探題はまもなく廃止されたが、関東管領は連綿としてつづいたばかりでなく、ますます強化されて、ついには京都の将軍と同格のものと世間では考えられるほどのものとなった。そして、将軍と同じように「公方」と呼ばれ、自らもそう称し、はじめの管領という名は各下がりしてその下の執事家のものとなった。

などなど歴史の勉強にもなる。
いわゆる戦国時代物はけっこう読んでいるので知っている事柄も多かったが、鎌倉末期~戦国時代の間の以下の3つは知らないことも多く非常に楽しく読めた。
1.足利尊氏
2.楠木正儀
3.北条早雲
武将列伝は、他の編もあるので是非読んでみたいと思う。

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