残酷な王と悲しみの王妃2 – 中野 京子(書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 7 分

彼らには許されなかった。平穏な日々も、愛も、死も…。人気シリーズ『怖い絵』『名画の謎』の著者が、ルートヴィヒ二世ほか、王族たちの壮絶な人生を辿る好評歴史読み物第2弾。図版多数掲載!

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書評・レビュー・感想

残酷な王と悲しみの王妃」の続編。
前書では、メアリー・スチュアート、マルガリータ・テレサ、イワン雷帝の七人の妃、ゾフィア・ドロテア、アン・ブーリンの5人が取り上げられていたが、今回は、ルードヴィヒ二世、アレクサンドル三世妃マリア、カルロス四世、カロリーネ・マティルデの4人の人生を取りあげられている。

まあものの見事に、どの人物も結構悲惨。程度の差はあるけどね。

狂王の異名で知られるバイエルン王ルートヴィヒ二世。

Wikipedia – ルートヴィヒ2世 (バイエルン王)

ルートヴィヒ2世 (Ludwig II., 1845年8月25日 – 1886年6月13日)は、第4代バイエルン国王(在位:1864年 – 1886年)。神話に魅了され長じては建築と音楽に破滅的浪費を繰り返した「狂王」の異名で知られる。ノイシュヴァンシュタイン城やバイロイト祝祭劇場を残し、後者には文字通り世界中より音楽愛好家が集まっている。若い頃は美貌に恵まれ、多くの画家らによって描かれた。

美貌でかつ、王族に生まれても、遺伝的な精神疾患などであると、自由や幸福とは程遠くなってしまうのかもしれない。
ルートヴィヒ二世の場合は、隣にプロイセンという強国があったことも不運となった。

デンマークの王女でロシアのラストエンペラーのニコライ二世の母となったマリア。

Wikipedia – マリア・フョードロヴナ (アレクサンドル3世皇后)

マリア・フョードロヴナ(ロシア語: Мария Фёдоровнаマリーヤ・フョーダラヴナ / Maria Fyodorovna、1847年11月26日 – 1928年10月13日)は、デンマーク王クリスチャン9世と王妃ルイーゼの次女で、ロシア皇帝アレクサンドル3世の皇后。ミニーの愛称で呼ばれた。姉にイギリス王エドワード7世の妃アレクサンドラ、長兄にデンマーク国王フレゼリク8世、次兄にギリシャ国王ゲオルギオス1世、妹にハノーファー王国の元王太子エルンスト・アウグストの妃テューラがいる。幼いうちに早世した第二皇子アレクサンドルを除き、3男2女が成人した。第一皇女クセニアの娘イリナの夫がグリゴリー・ラスプーチンを暗殺したフェリックス・ユスポフである。また姉アレクサンドラとは毎年パリで会っていて、互いにプレゼントを交換し合うほどの仲の良い姉妹だった。

楽園は理不尽な理由で生まれ、理不尽な理由で崩壊する。神が怒り、滅びの日のやってくるその日まで。マリアは、自分がいる楽園がどのようにして成り立っているのかを生涯理解しないまま(理解したくもなかっただろう)、粛清者がやってくるまで堪能した。息子家族は悲惨だが、本人は、生まれてから死ぬまで贅沢三昧で暮らしている。悲惨なことは悲惨だが、ロシアの農奴は1日でもマリアと同じ生活をしたくてもできなかったことを考えれば、幸福で幸運だともいえる。

ゴヤの描いた冷たい家族ポートレートで知られるカルロス四世。

Wikipedia – カルロス4世 (スペイン王)

カルロス4世(スペイン語: Carlos IV, 1748年11月11日 – 1819年1月20日)はブルボン(ボルボン)朝のスペイン王(在位:1788年12月14日 – 1808年3月19日)。カルロス4世は、ポーランド王兼ザクセン選帝侯アウグスト3世の娘である母の血統から素晴らしい体格と強靭な体力を受け継ぎ、若いときは農村で自分の知る限りの最強の男たちとレスリングをするのが好きだった。一方知性の面では優れた君主だった父に似ず、多くの人から鈍感でとにかく馬鹿正直だと思われていた。父王でさえ、彼と話をするごとに「カルロス、お前はバカだな。」と言っていたほどである。父から、従妹のパルマ公女マリア・ルイサとの結婚が決定したと知らされ、彼は女性と付き合ったことがなく、どうしたらいいのか途方に暮れた。その時も、父は「バカだなカルロス。女なんかみんな同じだ!」と一喝したのみだった。一方、王妃のマリア・ルイサ・デ・パルマは多くの人(フランシスコ・デ・ゴヤなど)から王を完全に支配する性悪で粗野な女と見られていた。

凡人が王族に生まれても幸福な日々を送れる例もあるが、カルロス4世のように、同時期にナポレオンという英雄が生まれるとどうしようもなくなる。本人としては狩猟さえしていれば満足なんだから王座を奪われても楽しく狩猟生活をしたようなので、ルイ16世に比べたら望外の幸せなのかもしれない。平民に生まれていたら這い上がる器量も能力もなかっただろうから、王族に生まれたことがラッキーで、その後の生活もある意味ラッキー。彼の場合は悲惨ではなく、ある種の幸福ともいえる。国の統治など興味がなかったのだから。

侍医との悲恋で知られるデンマーク王妃カロリーネ・マティルデ。

Wikipedia – キャロライン・マティルダ・オブ・ウェールズ

キャロライン・マティルダ・オブ・ウェールズ(英: Caroline Matilda of Wales, 1751年7月11日 – 1775年5月10日)は、デンマーク=ノルウェーの王クリスチャン7世の妃。イギリス王及びハノーファー選帝侯ジョージ2世の長男フレデリック・ルイス王太子の末娘で、ジョージ3世の妹。デンマーク語名はカロリーネ・マティルデ・ア・ストアブリタニエン(Caroline Mathilde af Storbritannien)。

旦那に絶望するも恋を知り、恋人の子まで生んでいるのだから、短命とは言え、それなりに幸せなんじゃなかろうか。しかも子孫は現在のスウェーデン王室につながっているし。旦那であるクリスチャン7世が一番悲惨だと思った。

本書は、「残酷な王と悲しみの王妃」という題名だが、王や王妃となる運命に生まれたことはある意味、残酷なのかもしれないと思った。

良書!

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■「怖い絵展

東京会場:上野の森美術館
東京都台東区上野公園1-2

■会期:2017年10月7日(土)~12月17日(日)※会期中無休
■開館時間:午前10時~午後5時(※入場は閉館の30分前まで)
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