幕末維新と佐賀藩―日本西洋化の原点 – 毛利 敏彦 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

明治維新の原動力となった「薩長土肥」の雄藩だが、肥前=佐賀藩の影は薄い。しかし西洋の先進技術を最も蓄積した佐賀藩は、英明な藩主・鍋島閑叟のもと鉄製大砲を製造。幕末期、技術力で幕府や他藩を圧倒し、閑叟は新政府のトップに躍り出る。また開明的な藩士が多数輩出し、江藤新平は教育・司法に「西洋丸写し」とまで称される大胆な制度を導入する。佐賀の乱以降、薩長政権下、活躍が軽視された同藩の真の価値を描く。

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書評・レビュー・感想

佐賀について知るための第二弾。第一弾は、戦国時代の鍋島直茂を読んだが、今回は幕末!主要人物は2人、鍋島閑叟と江藤新平である。

前半は鍋島閑叟編、後半は江藤新平編といってもよい内容となっている。

幕末時の佐賀藩は、薩長土肥の中でも少し特殊な位置にいる。佐幕的な動きをしつつも朝廷と密接に連携するなど、きつい言い方をすればちょっとずる賢く動いている。それが出来たのも鍋島閑叟が佐賀藩の藩財政改革を行い、優秀な人材を育成登用し、反射炉などの科学技術の導入と展開を行って、アームストロング砲など最新式の西洋式大砲や鉄砲の自藩製造に成功させているからである。長崎における異国船警備などの経験から当時の佐賀藩の武力は突出していたはずである。それにも関わらずなぜ幕末に主導権を取れなかったのか・・・このあたりは新書というページ数が限定された中では書ききれずに、他書にあたるしかないが、面白く読めた。

佐賀についてもともとあまり知らなかった自分としては、なぜ佐賀藩がアームストロング砲を作ることができたのか?がよくわかっていなかったが、本書で納得した。

後半の江藤新平編も面白かった。

「薩長土肥」と言われながらも「薩長土」に比べると明治政府で佐賀藩出身者がどのようなことをやったのかよくわかっていなかったが、いかに有能な佐賀藩出身者によって新政府が支えられていたのか理解できた。維新といえば、薩長というイメージで、実際に薩長の視点から書かれたものが多いが、維新史の中で江藤新平など佐賀藩出身者の姿がなぜ薄いのか不思議だった。しかし佐賀の乱(佐賀戦争)の真実や、暗黒裁判の後の江藤新平処刑のウラにあるものを知れば、理解できた。佐賀の乱が政治闘争の末に起こされた謀略だったのか・・・歴史の教科書でも佐賀の乱については、結構さらっと書いているが、大久保利通がやっていたことを綿密に追っていくとかなり酷い内容である。

佐賀からはすばらしい人材が豊富に出ている。

現在の佐賀はどうなのだろうか?

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