闇金ウシジマくん – (書評・レビュー・感想)

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闇金ウシジマくん 闇金ウシジマくん

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書評・レビュー・感想

主人公、丑嶋は闇金融の社長。丑嶋の経営する10日5割の超暴利金融、カウカウファイナンスには、日々いろいろな人が訪れる。
いちおう主人公は丑嶋だが、カウカウファイナンスの客およびその関係者のさまざまな人間模様が描かれている。(そのため丑嶋が全く登場しない回が多い)そして丑嶋に関わった人間は、何かしら変わっていく。
丑嶋(うしじま)は、カウカウファイナンスの社長。23歳。短髪で縁なし眼鏡をかけ顎鬚を生やしている。ヒップホップ系ファッション、耳にはピアス、筋骨隆々で背が高く、”怖い”イメージを持たせる風貌をしている。頭脳明晰で冷静沈着、卓越した判断力と実行力で部下からの尊敬を集める。負債者を「奴隷くん」と呼び容赦なく破滅に追い込む。


それぞれの編の長さはばらばらであるが、どのような人物が闇金へと誘われていくのかがよくわかる。
「奴隷くん」編は、パチンコ依存症の主婦。
「若い女くん」編は、ブランド品を買いあさる田舎出身のOL。
「バイトくん」編は、パチスロ好きな夢追いフリーター。
「闇金狩りくん」編は、旅行代理店で働き、副業で闇金狩りを行う若者。
「ヤンキーくん」編は、ヤクザに搾取される暴走族。
「ゲイくん」編は、ジャニーズの追っかけやカメラマン、俳優志望のゲイ。
「ギャル汚くん」編は、フリーターのギャル男。
「フーゾクくん」編は、風俗嬢。
「フリーターくん」編は、人材派遣とパチスロで稼いでは使うパラサイトシングル。
「闇金ウシジマくん」は、救いのないコミックだなあ~というのが読み始めの感想であったが、なんと 「フリーターくん」編には、救いがある。救いがあると言われても客観的にみると貧困層で脱出不可能かと思われるが、それでも救いがあるように感じた。
『闇金ウシジマくん』を君は直視できるか? – R25.jp

人並み以下のクセに人並みに暮らしてる、身の程知らずのクズどもに終止符を打つのが、俺達闇金の仕事だ!!」。そんなキッついセリフの連続である。なにがって、『ビッグコミックスピリッツ』で不定期連載中の漫画『闇金ウシジマくん』のことである。
“闇金”を描いた漫画のなかでも、今作は借金の回収方法が主題ではなく「借金で追い込まれた人間がいかに壊れていくか」に焦点があてられている。たとえば同僚に見栄を張るためファッションやグルメに金を使う小ギレイなOL。彼女は「カウカウファイナンス」(主人公丑嶋君の闇金業者)でわずか3万円借りたため、地獄に堕ちる。借金返済のため会社と風俗をかけ持ちし、髪はパサつき体は痩せほそり、薬に溺れて妖怪人間と呼ばれる存在になるのだ。

ここでも書かれているように「借金で追い込まれた人間がいかに壊れていくか」が主題であると思っていたので 「フリーターくん」編の救いには意外な感じがした。しかしよくよく考えてみると、 「フリーターくん」編でも「借金で追い込まれた人間がいかに壊れていくか」は、きっちりと描かれていた。
人間が簡単に壊れていく。
闇金ウシジマくん – Hang Reviewers High

闇金ウシジマくん」はスピリッツの中では非常に好きなマンガ。端的に言ってしまうと「ナニワ金融道」や「カバチタレ!」のような「おカネ裏職業モノ」のマンガであると言える。「職業モノ」が現在のマンガの大きなジャンルの1つになっていることは今さら言うのもバカバカしいことだが、基本的にこれらのマンガはすべて同じで、だいたい2つのパターンしかない。その1つが「業界の常識」をもって読者の常識を裏切りながら「社会の裏側」みたいなものを描き、「へぇ〜自分の知ってる社会の裏でこういうことが行われているんですね〜」とか読者に思わせ、最終的には「そんな場所で人を動かすのはやはり心であった……」みたいな終わり方をすればよいというようなやつである。この「……」というのは何かと問われれば、要は「……(いい話です)」とかなのだが、ここには「……(現実って怖いね)」とか「……(空しい世の中だ)」とか「……(働くって大変だ)」とかが来たっていい。要はにじまされている感情を汲み取りなさいよということである。そのための「……」なわけだ。
しかし「闇金ウシジマくん」がこのような従来の職業マンガの常識を覆す、全く異なったものであるかといったら、果たしてそうではない。同じである。「世の中は奪い合いだ」とか「お前に(弱者からカネを取り立てる)罪悪感があるなら、なぜ日常では感じない?豚を殺す罪悪感もなくコマ切れ肉を食い、自然を壊す罪悪感もなくモノをゴミにする」「みんな独りだ。死ぬときは独りぼっちだ」などのひどくとってつけたように感傷的なセリフは、非常に職業マンガとしてありがちである。何だかすっかりケナしているようだが、しかし僕はこのマンガが好きだ。この人のマンガはクイックジャパンに載ってたやつから読んでいるはずだが、これ以前の作風はもっとずっと感傷的なマンガを描く人だった。絵やセリフのハードさがありながらも話がファンタジックすぎるという、「ある種の(僕があまり興味を持たない)ステロタイプなカルト作家的な作風」だったと思う。それがわざわざ「職業もの」であり「金融もの」、つまり「カネの話」をやるという、ひどく下世話でキヨスク的にポピュラーなモチーフを選んだことで、この人の持つポップさは本来の意味、すなわちポップの持つ真の毒として機能していると思う。「闇金ウシジマくん」というロゴも装丁もそれを分かりやすく補強している。

本作品は、下流社会の貧困の物語である。
社会問題がつまっている。
そしてそれが、怖い。
闇金ウシジマくん の書評は、以下がおもしろい。
真鍋昌平『闇金ウシジマくん』——呉智英の「平板さ」にもふれて – 紙屋研究所

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