職務質問と防犯のためのコストについて

【この記事の所要時間 : 約 4 分

先日、ショッピングセンターの前で、自転車に乗った子供連れの夫婦が警官に職務質問されている現場に出会った。
父親が1人で1台、母親が子供を乗せて1台の計2台。
警官は父親の方に職務質問をしていた。
なぜ印象に残っているかいえば、父親がすごい剣幕で警官を怒鳴っていたからである。
「なぜドロボー扱いされなきゃいけないのか!(がるるー)」
「ふざけんな!このやろー!(ぷりぷり)」
「もし違う場合は、謝れよ!このやろー!(ぷんぷん)」
という感じである。
あまりに大声だったので、行き交う人たちが大勢立ち止まってその様子を見ていた。
たぶん、乗っていた自転車が盗難届けの出ているものでないか?というよくある職務質問かと思われる。(見ている限りでは、警官は冷静で、言葉遣いは丁寧だったように思う)
結局、派出所へ一緒に行こうということになり、警官とその親子3人はその場からいなくなっていたが、やはりちょっと見苦しいと感じた。子供がいるような大人が白昼に警官に食ってかかっていく様子に大人げないというか、未成熟な感じを受けた。
日ごろ、自転車に乗らないので、家に戻ってから「職務質問 自転車」などで検索してみると、かなり同様な職務質問に憤っている人が多いことを知る。その中には、職務質問は任意だとか、職務質問を受けるまえに警察手帳の提示確認を求める権利があるとか、警官に一泡吹かせたいということも書かれていた。だが、どの意見にもそれほど同意できなかった。なにか警察不信でもあるのか、法学部出身なのか、市民活動家なのかとも思ってしまう。
警官が日々、職務質問をすることは犯罪予防に役立つ。そして自転車窃盗という軽微な犯罪行為から取り締まっていくことで、より重度の高い犯罪を減らそうとしているのだと思う。
かなり以前のニューヨークの地下鉄は犯罪の温床のように言われていたが、市長が変わって電車への落書きを消し、落書き行為への監視強化によって、地下鉄は安心して乗れるように変わったという。
西川きよしではないが、小さいことからこつこつと。の実践である。
そういう観点から考えると、自転車に乗っている人への職務質問は、街を安全に住みやすくするために1人1人が引き受けるべきコストだと思う。たしかに何も犯罪行為をしていないにも関わらず、職務質問を受けるというのはあまり気分がいいものではないが、それによって街全体としての安全が少しでも担保されていると考えれば、それほど馬鹿げた取引だとは思わない。
ネットを検索して出てきたサイトは、自分の感情を中心にそえて書かれているものがほとんどで、次数を1つ繰り上げて、社会全体から見た職務質問と防犯について書かれているものは見た限りほとんどなかった。それがそれぞれのサイトの意見に同意できなかった理由である。
コストパフォーマンスの問題で、防犯と職務質問の関係からあまりに職務質問の比率が受け入れられる限度を超えているというような議論であれば、じっくり読んでみたいと思ったが、そういうものは残念ながらなかった。
拒否すると逆に疑われるので闇雲に拒否しないでやり過ごすのがよいといった意見もあるが、これにも完全には同意できない。なぜなら、方法自体は間違っていないが、根底にある考え方は間違っていると思うからである。この意見は職務質問はないほうがいいという基本的な考え方をもとにしているが、警官が職務質問をしない世の中に自分が住むという場合を考えて欲しい。そのような所には住みたいと思うだろうか。私は思わない。すべての人に職務質問をするというのは警官の人数的、時間的に不可能だし、やってほしくもないが、あやしいと思われる人に職務質問はできるだけしてほしいと思うし、そのような少しでも安全が担保されている所に住みたいと思う。
本当の問題とは?にも書いたが、「社会を住みやすくするために私たち1人1人が引き受けなければならないコスト」意識が今、問題の本質にあると今回の職務質問事件をきっかけにした調べものをして再度確信した。

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